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自称Javaristaの僕がいかにしてhaskellに触れて純粋になったか

この記事はmarkdownをpandocにかけたらおかしくおもしろくなったのでそのまま投稿しています面白い。


h1 id="自称javaristaの僕がいかにしてhaskellに触れて純粋になったか">自称Javaristaの僕がいかにしてHaskellに触れて純粋になったか

 話をしよう、あれは今から…36万…あー…いつだったか。
最初にHaskellに触れた時は…確かー…1万…まぁいい。
君たちは純粋関数に…まぁいいや。


 そうそう、思い出した。
僕が初めてHaskellに触れたのは、今から約1年前くらいのことだった。
今日はその話をしようと思う。













































##   そ第 ま し 普 う一章「お前にHello,world!! お前にHello,world!!」 ず最初にHaskellに触れた時、果敢にも…いえ、無謀にも僕は書籍を持たずに入門しようとしました。 てもっとも最初に目に触れたコードがこれ。 main = putStrLn "Hello, World!" 通の出力だ、簡単だ」 思ったのは間違いでした。
##二章「ようこそ我が胎内へ」 Prelude> let fac n = if n == 0 then 1 else n * fac (n-1)
?? !?!?」
Prelude> fac 42 1405006117752879898543142606244511569936384000000000
?!?!? 長…数字が長…too long suuji!!!???!?」
fac 0 = 1 fac n = n * fac (n-1) main = print (fac 42) で僕はHaskellをやめました。 バイHaskellまた次の時空で。
し僕は決してHaskellを手放さなかったのでした…。

第三章「もう何も怖くない」


「お前にHello,world!! お前にHello,world!!」


 そんな言葉が脳内に響き渡る。
そう、これは今思えば。
これこそが、僕の中に覚醒したHaskell Curryの紋章の声だったんだっ!!


 僕が「すごいHaskellたのしく学ぼう!」を手に入れたのはそんな時でした。
「すごいHaskellたのしく学ぼう!」、通称「すごいH本」。
英語で言うと「Great-H-Book」。
すごいH本


 これにはprintという名の鈍器はありませんでした。
もちろん「名状し難いprintのようなもの」も登場しません。 ( 最初の方は )


 僕はこの魔本を手にし、Haskellの地を歩いていくことにしました。






























##   カ   元 で   し 僕 (
第 そ リ ま 々 も そ か は 満 *四章「お待ちなさい、モナドが曲がっていてよ」 の後僕は魔法にかけられたかのようにHaskellを楽しんでいた。 ー様がみてる。 ず最初に苦しんだのが再帰。 命令型言語でも再帰はよくわからなかったし、そもそもあんまり使わなかった。 Haskellでは必須! なぜならカリー様がみてるからっ!! の後、型についてはとりあえずある程度の理解を得たと思うの。 しファンクタ、アプリカティブ、…Monad。 ここでまたしも倒れたのだった。 身創痍になってすごいH本を読みきりました。 最終理解レベルは多分高くはなかった。 ) *おおモノイドインスタンスよ、しんでしまうとはなさけない**
##   つ そ第 次 い こ五章「そして全てがモノイドになった」 に今から4ヶ月前くらいとかからは型について日常的に考えるようになりました。 ったーでは、某氏に圏論カウンセラーなどをしてもらったりしましたっ! らへんはちょっととげったーにまとめたりもしました。
う 型ん を、おそらくそこからでしょう。 日常的に考察するようになったのは。
__型 ラ々カタカタ__ ムダケイサンはとくにないけれど、オオゲサなタイプ片手にここでイッタン停止☆__

第六章「 僕『お前にHello,world!! お前にHello,world!!』 」


 周りの人にHaskellを布教しないと気が済まない不治の病にかかりました。
僕の取扱いには気をつけましょう。






























##     お と第 と Ha も り七章「俺、カリーハスケルになります。」 りあえずハスケルギアを手にしたのでモナドを侵略したいとおもいま気のせいでした。 skellに関して ( とりわけモナドやファンクタ(関手)に対しては特に ) SlideShareなどで しろおかしく情報を取り入れ始めたのはこの頃からです。 あえず今から1ヶ月前くらいからかな。 もっと前?
##   今第 今 に八章「台無しだと言っているのよ…」 はHaskellの薄い本を読んでいます。 なってやっとわかる内容なので、
* * * * * *Ha す す 型 モ Haskellを独学で始めようとする -> ごいH本を読む -> ごいH本を満身創痍でなんとか頭に入れて読み終わる -> に興味があります!! -> ナドは単なる自己関手の圏におけるモノイド対象だよ -> skellの薄い本読む
と [こ 2時い ん 間うプロセスを踏んで本当によかったと思いますっ! なの](http://www.slideshare.net/YoichiroIshikawa/haskelljavavim-script)も書きました、発表しました。 以上ぶっ続けで話すのは初めてだったと思います。

最終章「だけどね、だれが、どこで死ぬかなんて、私にはわからなかったのよ。」


 この記事は誰に対してのなにだよこのっ!!!!
もう寝る。


終わり




Markdown Converted By Pandoc !! ( ここはhtml手打ち )


普通に読める方 => 読める
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超食中植物ネクトベントスの断食

「超食中植物ネクトベントスは何でも食べます。
うしだって食べるし、仲間だって食べます。
自分の子供でさえ食べてしまいます。
でも彼らは常に食べていないと枯れてしまうのです。
この生き物は悪いでしょうか?」
Answer: 「悪くない!」
Answer: 「悪くない!」
Answer: 「悪くない!」
Answer: 「悪くない!」
Answer: 「悪くない!」


 本当にそうでしょうか。
生きるために食べることは自分のエゴであると思います。
でもこのエゴは許されるべき、そうしないと何も生まないから。

 ではこの生き物は悪くないのでしょうか?
いえ、悪いと思います。
自己のために他を犠牲にするのは悪いことだから。

 では何も食べず何も生まず、
それが善なのでしょうか。
そうです、その通りです。
何も食べず、何も生まなかったことで
他を生かしました。
これで他の生物、食べられなかった生物は安らかに過ごせることでしょう。

何も食べず何も生まなかったことで
他の生物の安住を生むことができました。
おや、ということは何も食べず何も生まず…ではなく
何も食べず、しかし何かを生むことができたということになりますね。
素晴らしい、何も消費することなく何かを生むことができました。


 では何も食べられなかった側は、素直に枯れていきましょう。
仕方ないことですが、もう十分でしょう。
食べないことにより、生むことができたのですから。
ああ、食べなくてよかった。
何かを生むことができてよかった。



 ん、あれ?
そのくだんの生物、食べられなかった生物が何かを食べているように見えます。
何かが、おかしいように思えます。
まあそれも、些細なことでしょうきっと。


元ネタ
http://www.goldfishkingdom.client.jp/






....
...
..
.
( ˘ω˘)
..
..
..
<・> <・> カッ!!

てつがくてきぞんび!

ああ! なんということでしょう!


 クオリアは一定活動状態である場合に発生すると考えられています。
通常時にはクオリアを感じることができます。

 そうそう、そのクオリアです。

 で、哲学的ゾンビ…って話がありますよね。
哲学的ゾンビはクオリアを持つ人間と同じように話同じように感じたふりをします。

 ということで先ほど気づいたのですが、
つまりは『哲学的ゾンビはクオリアについて語ることができる』ということになりますよね。
これはどういうことでしょうか、わけがわかりません。


 ピポーン※ この記事を読むときは、前提として『哲学的ゾンビは存在する』と考えてください☆

常識的にものを言うならば
・生物は知っているものについて語ることができる
・生物は知らないものについて語ることができない
となると考えます。
そして哲学的ゾンビはクオリアを感じないはずです。


 哲学的ゾンビはクオリアを知らないのに知ったふりをして語っている?
うーんなんとも、とても曖昧です。

 ここで考えたのは『哲学的ゾンビはクオリアを知らないが、知識としてクオリアを把握している』ということです。



なんと! 哲学的ゾンビは自分の持ち得ないものを知ることができている!


 うーん、はたして自分の感じ得ないことについて知識を持つことができるなんて
哲学的ゾンビは何者なのでしょうか。
 ここで一つのかたちとして考えられるのは、アンドロイドでしょうか。
アンドロイドならば人工知能としてデータを事前インプットして、その後に生物としての活動を開始させることができます。

(* あれです、ミサカちゃんはテスタメントによって(生まれる事前ではないですが)ミサカとしての活動を開始する前に様々なことをインプットされていたでしょう。
あれと同じことを言っていると思って貰えれば。 *)




「クオリア、シッテルヨ」
Androidafagh.png

選択という意識。

僕の前には、自分で作った二つの選択肢がありました。
一つは「母がSNSに投稿した僕の勉強事情に関心を持ってくれた小企業の社長の会社」つまりコネ、
もう一つは「自分で就活をして、プログラミングのテストと面接で、実力で掴み取った…丁度上昇中の中企業会社」内々定。


僕は高校の終わり頃、プログラマになりたいと考えたのです。
なぜなら、プログラミングがこの僕の運命の一つだったからです。


僕は考えました。
というよりは、以前から凝り固まった考えのように考えていました。
「本物の『プログラマ』になろう」と。



僕は前者の、コネ会社を選びました。
なぜそちらを選んだのか。
理由は
小企業の方が苦労のある分実力がつくと思ったから。



ウソです。
本当は「コネだとしても、僕を楽にしてくれた企業にご奉仕したい」と、自分本位な考えでした。

それもウソです。


でもまあ、本当はよく考えればわかったことです。
自分を育ててくれる能力は「ある程度育った企業」の方が持っているでしょうに。




僕はフルスタックエンジニアになることになりました。





なんてね、ウソです。
隙さえあればプログラマに移ります。


だから、皆さんもよく考えてみてください。
本当に自分の選びたいものはどちらなのかを。




なんてね、この記事は「ウソ」です。
ウソになりました。
僕は運がよく、上司との関係性もよいものだと感じます。
選択を甘んじても、いい結果を導き出したのです。
僕はいい会社に入ることができました。

この記事は全てウソです。
この記事が本当に「ウソ」なのか、
この記事を信じるか。

まずこれを、選択してみてください。
その結果のあなたは、どうなるでしょうか。

どうかあなたが祝福されますよう。

劇場版六花ちゃん

六花ちゃん!モリサマちゃん!くみん先輩!凸森!!うううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!六花ちゃん勇太くんみんなああぁぁぁぅううぁわぁああああ!!!
小鳥遊六花改 劇場版中二病でも恋がしたい!の六花ちゃんかわいかったよぅみんなかわいかったよぅ!!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
アニメ2期決まって良かったね六花ちゃんみんな!!!あぁあああああ!かわいい!みんなかわいい!!!あっああぁああ!
ううっうぅうう!!僕の想いよアーカシックレコードへ届け!!アーカシックレコードの記憶へ届け!!!!
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